大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(特わ)88号 判決 1970年6月26日

本籍

東京都千代田区麹町三丁目三番地九

住居

東京都豊島区目白四丁目一番一九号

会社役員

佐藤一

大正四年九月一一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官秋田清夫、弁護人谷村唯一郎・佐藤藤佐・田中萬一・塚本重頼出席の上審理して、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年一〇月及び罰金一億五、〇〇〇万

円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二五万

円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予

する。

訴訟費用中証人荒正、同臼井康雄(但し第七回公判

分のみ)に支給した分は、被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都豊島区目白四丁目一番の一九号に居住し、株式配当による所得、給与所得のほか金銭の貸付業、手形割引業等による事業所得を有していたものであるが、所得税を免れるため、株式取得に架空名義を用い、割引いた手形の取立には架空名義の預金口座を用い、貸金に際しては架空名義を用いる等の方法により所得を秘匿したうえ

第一、昭和三八年分の実際総所得金額が二〇〇、七二一、八四三円でありこれに対する所得税額が一四一、三〇五、三四〇円であつたにもかかわらず、その申告期限である同三九年三月一六日までに、東京都豊島区池袋三丁目二七番九号所在の所轄豊島税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出しないで右同額の所得税を免れ

第二、昭和三九年分の実際総所得金額が二一六、八六三、七一八円でありこれに対する所得税額が一五三、三七六、〇二〇円であつたにもかかわらず、その申告期限である同四〇年三月一五日までに、前記豊島税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出せず、もつて同額の所得税を免れ

第三、昭和四〇年分の実際総所得金額が二九四、一一九、二七六円でありこれに対する所得税額が二一一、一五三、七五〇円であつたにもかかわらず、その申告期限である同四一年三月一五日までに前記豊島税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出せず、もつて同額の所得税を免れ

たものである。(各年分の所得金額の確定内容は、別紙一、二、三の各修正損益計算書記載の、税額算出は同四の税額計算書記載のとおりである。)

(証拠の標目)

略語例

(上)=上申書

(大)=大蔵事務官に対する質問てん末書

(検)=検察官に対する供述調書

一、被告人の当公判廷における供述

一、被告人の(大)及び(検)

一、証人手塚誠、田口政五郎、稲葉三郎、追分善彦、臼井康雄、児島和久の当公判廷における各供述

一、証人高室修の尋問願書

一、山根仙之助の(上)

一、ゼオン株式会社の(上)

一、山崎宏の(上)

一、芦沢利嗣の(上)

一、金子豊の(上)

一、山本嘉久治の(上)

一、臼井康雄外の(上)

一、高田悠紀夫の(上)

一、中村貫二の(上)

一、石田寿孝の(上)

一、沼田一得の(大)

一、石田忠吉の(大)

一、池田昇の(上)

一、山田雲馨の(上)

一、田村義弘の(上)

一、田中馨の(上)

一、稲葉三郎の(上)

一、田口政五郎の(上)

一、川島治郎の(上)

一、手塚誠の(上)

一、渡辺好二の(上)

一、安田一こと古沢興烈の(上)

一、橋谷平八郎の(上)

一、石井新人の(上)

一、石田寿孝の(上)

一、山上孝一郎の(上)

一、柴田博の(上)

一、古屋真一の(上)

一、石川義乾の(上)

一、寺田信男の(検)

一、川北博作成の確定申告書提出に関する件報告

一、大蔵事務官作成(以下の各表、書類につき同様)の受取配当金明細書

一、手形明細表四通(日証、大証、大証金、その他)

一、手形預金照合表

一、手形割引集計表

一、未経過割引料計算書

一、貸付先割引手形合計表

一、貸付金及び収入利息合計表

一、雑収入合計表

一、給与明細表

一、銀行調査書三通

一、押収してある以下の証拠物件(いずれも当庁昭和四四年押第一八〇号、頭書の数字はその符号及び枝番)

1の1、2 代金取立手形受託通帳(白井康雄)各一冊

2 同(染野栄二)一冊

3 普通預金通帳一冊

4の1~10 歩合台帳各一綴

5の1~11 支払期日帳各一綴

6の1~8 振替伝票各一箱

7の1~12 代金取立手形通帳各一冊

8 普通預金通帳一冊

9の1、2 売買手形元帳(三八年度)各一綴

10の1~3 同(三九年度)各一綴

11の1~3 同(四〇年度)各一綴

12 同(四〇年度貸方明細)一綴

13 同(四〇年度借方明細)一綴

14 外務社員歩合台帳一綴

15の1、2 売買手形元帳各一綴

16 歩合給台帳(小野博司)一綴

17 同(大軒光彦)一綴

18 売歩合台帳(四〇・一一)一綴

19 同(四〇・一二)一綴

20の1~12、 21の1~3、22の1~4、23の1~3外務員歩合台帳各一綴

24ないし44 代金取立手形通帳各一綴

46の1~5 売買手形元帳各一冊

47の1~7 代金取立手形受託通帳各一冊

48の1~6 売却台帳各一綴

49の1~3 計算書綴各一綴

50 計算書等一袋

51 無記名貸付信託収益計算書等一袋

52 上申書一綴

54 東京合成石川関係念書一袋

55 丸菱土地公正証書等一袋

(公訴棄却の申立について)

一、弁護人の申立の内容

本件は、昭和四二年三月一四日公訴提起され、その起訴状謄本は同月一七日被告人の自宅に執行吏によつて届けられ、同家の家事手伝柳沼恭子がこれを受取つた。ところで、これより先、被告人は同月二日市川市内における交通事故により、頭部に陥没骨折、脳挫傷などの瀕死の重傷を負い、同日順天堂病院において手術を受け、引続き入院加療を受けたのであるが、入院当時は意識不明で手術後二四時間ころから興奮状態が続き、意識も定かでなく、その後も意識が回復しないままの重篤状態が続き、心神喪失の状況の下に同日二九日毛呂病院に転院させられたが、引続き意識状態の変様が認められ、とうてい起訴状謄本を判読することのできない状態であつたので、被告人の妻は、自宅に届けられた右謄本をそのまま保管していた。そしてほぼ正常な意識回復の兆しが見え始めた同年八月一日に至つて漸く医師の許しがあり、そこで始めて右起訴状謄本を入院中の被告人を見せたところ、被告人は辛うじてこれを判読し得たわけであつた。以上のような状況に鑑みるとき、被告人は少くとも本件起訴状が裁判所に受理された日の翌日から二ヶ月以内は、この公訴提起の事実を理解し得る意思能力を終始欠いていたというべきである。ところで刑訴法二七一条は、公訴の提起があつた日から二ヶ月以内に起訴状の謄本が被告人に送達されないときは、公訴の提起はさかのぼつて失効する旨を規定しているが、それは特定の事実について起訴されていることを遅滞なく被告人に知らしめ防禦の用意を行なわしめることを目的とした規定であり、したがつて、起訴状謄本の送達は、その本旨に鑑み、被告人本人が起訴状の内容を理解し得る意思能力を有することを必須の前提としている。本件においては被告人が前述した状況におかれていた以上、被告人に対する起訴状謄本の送達が適法に行われていないことに帰着するから、本件公訴は棄却されるべきである。

二、当裁判所の判断

(一)  まず起訴状謄本送達時に被告人が意思能力を欠き、公訴提起の事実を認識し理解することができない心神喪失の状態にあつたことが、送達の効力にどのような影響を与えるか。及びこれに対する送達方法如何について考察する。

起訴状謄本の送達について刑訴法が他の訴訟書類の送達よりも一層厳格な要件を定め(規則六三条一項)、裁判所は公訴提起後遅滞なく起訴状謄本を被告人に送達しなければならず、公訴提起後二か月以内に右謄本が送達されないときは、公訴提起は遡つてその効力を失う(法二七一条一、二項、規則一七六条一項)と規定していることの法意は、公訴提起及びその公訴事実の内容を被告人に知らせて公判における防禦の準備をさせ、適正迅速な裁判を行わせようということにある。被告人が心神喪失の状態にある場合、かかる者に謄本を送りとどけてもその意味、内容を理解することができず、又必要な防禦活動をとることも事実上できないであろうから、問題をこの点に限つて考えるならば、心神喪失者に対する送達が適式になされたことをもつて、これを有効視し、訴訟手続を進めることは、前記送達規の趣旨に反することになる。

しかしながらこのことから直ちに心神喪失者に対する起訴状謄本の送達を許さないものと解することはできない。がんらい、この送達は、一定の意思表示を送りとどけることはなく、一定の事件すなわち公訴が提起されたこと及び訴訟の対象を名宛人たる被告人に通知するものに外ならず、このような通知は、それによつて具体的に権利義務を付与する効果をもたらす性質のものではなく、受領者の意思能力の存在を条件とするものではない。さらに、刑訴法は、被告人に意思能力すなわち訴訟能力の備わることをもつて訴訟条件としているのではなく、心神喪失の状態にあるときはこれを公判手続停止の事由とするに止めている(法三一四条一項本文)のであり、換言すれば、心神喪失者に対する公訴提起は法の許容するところであることは疑いなく、公訴提起がなされた以上これに対する送達がなされるであろうこともこれまた自明である。ところが、もし弁護人の所論のように常に心神喪失者に対する送達は不適法、無効であると解するならば、送達無効の効果はひいては公訴提起の効力を失わしめることにつながり、法が心神喪失者に対する公訴提起を許容する建前と矛盾する本末転倒の結果を招くことになる。

以上の諸点を考えると、被告人が心神喪失の状態にあつてもそれ自体公訴提起の効力に何らの影響はなく、ただ起訴状謄本の送達としては、他にその方法が考えられない以上、送達法規の前述した趣旨にかんがみ、被告人と同居の法定代理人、配偶者、保佐人等被告人のために弁護人を選任することができ、あるいは被告人に代つて医師の診断書その他の資料を提出する(法二七八条)ことの期待できる者において現実にこれを受領したならば、有効になされたものと解すべきである。

(二)  本件訴訟記録及び証人足立博、佐藤チエ、荒正の当公判廷における供述、交通事故証明書によると次の事実が認められる。

本件公訴は、昭和四二年三月一四日提起され、同月一七日被告人宛適式に送達された。ところがこれより先、被告人は、同月二日、市川市鬼高町四四六の三の京葉道路上において、不慮の自動車事故に遭い、前頭部、右側部の陥没骨折、脳挫傷などを被り、間もなく東京都文京区本郷二丁目の順天堂医院に収容されて脳外科手術を受けたが、意識不明や興奮状態が続き、重篤状態のまま同月二九日埼玉県入間郡毛呂山町所在の毛呂病院に転院させられたが、転院後も精神運動性興奮、拒絶症、記銘力障害等がみられ、その後も作話症状、逆行性健忘等の著しい状態が続いていたが、ようやく正常な意識回復の兆がみえ、同年八月一日に至り妻智恵子ことチエが医師、弁護士ら立会いの上被告人に起訴状謄本を手交したところ、同人はこれを判続することが出来た。以上の事実をみると、被告人は公訴提起後少くとも二か月以内は不慮の交通事故によつて精神障害を受け、心神喪失の状態にあつたことが認められる。

しかしながら、被告人は本件が公訴提起される以前の査察を受けていた当時から、塚本重頼弁護士ほか三、四名の弁護士に防禦活動を依頼していたこと、及び本件公訴提起後妻智恵子ことチエは塚本弁護士らに起訴状謄本を示しその善後策を講じていたことが認められる。現に妻智恵子と塚本弁護士は連名名義の上申書(一)(四二年三月三一日付)をもつて被告人の交通事故による負傷の状態と近く弁護人を選任する旨を当庁に提出し(四二年四月一日当庁受理)あわせて医師の診断書を追送し、妻名義の上申書(二)(同年八月二五日付)により被告人の病状及び弁護人選任の件について相談ができぬ旨を申述し、当裁判所の第一回公判期日指定(同年一〇月三〇日)に対し、選任された塚本弁護人より診断書添付による公判期日延期申請がなされて、容れられた外、第一回公判期日(昭和四三年七月四日)に至るまで、被告人の病状の経過とあわせ各弁護人の選任が行われ、いずれも公判活動における防禦の機会は十分に与えられていたものである。

以上の経過にかんがみると、被告人は起訴状謄本送達当時、前述したように心神喪失の状態にあつたけれども、同居の配偶者たるチエ及び選任予定の弁護士においてこの内容を了知した以上、被告人のため防禦の機会を与えられたものとみなすべく、本件送達は適法になされたというべきである。

よつて弁護人の申立は理由がなく棄却する。

(事実関係の主張について)

一、被告人及び弁護人の主張

本件各年分の所得中貸付金利息収入金額には、被告人が誤つて過大に修正申告したものを基礎に算定された過大計上分があるので、これを減算すべきである。

(1)  昭和三八年分

イ 南旺観光株式会社からの利息収入とされたもののうち、二、五五〇、〇〇〇円は元本の返済分であつて利息収入ではない。

ロ 田口建設株式会社からの利息収入は同年一月分からとされているが、利息計算の始期は同年五月であるから、四ヶ月分(月一五〇、〇〇〇円)合計六〇〇、〇〇〇円が過大計上である。

ハ 稲葉三郎からの利息収入とはへたもののうち三、六〇〇、〇〇〇円は元本返済金であつて利息収入ではない。

(2)  昭和三九年分

イ 田口建設株式会社からの利息収入とされたもののうち、同年一一月一二月分計三〇〇、〇〇〇円は、同会社が同年一二月倒産したことにより利息収入はなかつたものである。

ロ 稲葉三郎からの利息収入とされたもののうち三、六〇〇、〇〇〇円は元本返済分であつて、利息収入ではない。

(3)  昭和四〇年分

イ 南旺観光株式会社からの利息収入とされたもののうち、二〇、〇〇〇、〇〇〇円の貸付金に対する同年九月分利息収入七二〇、〇〇〇円は、右元本が同年九月の弁済期前に返済されたので発生していない。

ロ 田口建設株式会社からの利息収入とされた九〇〇、〇〇〇円は、同会社がすでに倒産しており、回収されていないものである。

ハ 稲葉三郎からの利息収入とされたもののうち三、六〇〇、〇〇〇円は元本返済分であつて利息収入ではない。

二、当裁判所の判断

(一)  南旺観光株式会社関係(一(1)イ、(3)イ)について

(1) 昭和三八年分二、五五〇、〇〇〇円は、証人手塚誠の公判供述、同人の上申書により弁護人ら主張のとおり元本に充当されたものと認めるので、本件逋脱所得金額には含めない。

(2) 昭和四〇年分七二〇、〇〇〇円について

手塚誠の上申書、貸付金及び収入利息合計表によれば、事実は弁護人主張のとおりであるから、これを本件逋脱所得金額に含めない(なおこの分は起訴逋脱額にも含まれていないことが明らかである。)。

(二)  稲葉三郎関係各年分各三、六〇〇、〇〇〇円について

稲葉三郎の上申書、元金及び収入利息合計表によれば、被告人と同人との元金、利息返済状況が詳細に認定できるので弁護人らの主張は採らない。証人稲葉三郎は「保証債務を月当り五〇万円支払い、支払金額の中元本が、三〇万円、利息が二〇万円の割合である。」旨供述するが、右供述はそれ自体、前記上申書に詳細記載されている元本債権及びその返済状況と、とうてい相容れず、信用できない。

(三)  田口建設株式会社関係(一(1)ロ、(2)イ、(3)ロ)について

証人田口政五郎の公判供述と同人の上申書とによつて検討するに、昭和三八年分はすでに同年一月からの利息が発生しているものと認められるし、昭和三九年分については、同会社が同年末に倒産したとはいえ、右上申書によれば一一月、一二月分は前払いされていたというのであり、昭和四〇年分については、同会社が倒産したことにより支払不能となつたにせよ、田村義弘が同会社のため被告人に対し保証債務を履行したことが認められる(田村義弘の上申書)のである。よつて田口建設関係の弁護人主張はすべて採用できない。

(法令の適用)

一、判示第一、第二事実につき所得税法(昭和四〇年法律第三三号)附則三五条により改正前の所得税法六九条第三の事実につき所得税法(昭和四〇年法律第三三号)二三八条(以上につき各懲役刑と罰金刑とを併科)

一、併合罪加重につき刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、四八条二項(免れた所得税の額合計五〇五、八三五、一一〇円)

一、換刑処分につき刑法一八条

一、懲役刑の執行猶予につき 刑法二五条一項

一、訴訟費用の負担につき 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の事情)

一、本件は、逋脱所得税額が三年分合計五億五〇〇万円余りの巨額に達し、しかも不正手段による所得の秘匿により三年間無申告というのである。いうまでもなく納税義務は、国民の基本的義務の一つであり、各人はそれぞれの所得に応じ法定の納税をしなければならず、被告人のこのような高額所得に比すべくもない少額の収入の零細事業者、給与所得者に至るまでこの義務を誠実に履行していることを考えると、被告人のかかる逋脱行為は刑罰上においても厳しく非難されなければならない。

二、被告人は、本件逋脱所得の大半を占める手形割引料収入につき、取引先の株式会社日証や株式会社東京大証から手形割引料収入は無税である旨宣伝されたので、これには税がかからないものと思つたし事業所得になることは知らなかつた旨公判で弁解する。

しかし前掲関係証人の供述、供述調書と株式会社大証の営業案内、株式会社東京大証のパンフレット等によればこれらの商社が、“手形割引料収入は税法上課税の対象とはならない”という宣伝をした事実は認められず(これら商社のパンフレットによれば、手形割引利息は税金上損金と認められている旨の記載があり、むしろこのことは裏を返えすと割引料収入が課税の対象となることを意味するものである。)、ただそのセールスマンらが販売の宣伝上租税回避ができることを示唆した事実(例えば証人児島、臼井の証言によれば、「手形は無記名の店頭売買であるから、税務署にもわからず、税金の心配もない旨話したことがある。」という。)が認められるに止まる。被告人はこれまで有限会社、株式会社の経理担当役員を勤めたことがあり、又経済学、法律学の研究心に富み、税や企業関係の学位論文を書いたこともあり、さらに一部の私立大学の法律学の助教授、講師を委嘱され、かつ昭和三八年一一月には、東京税理士会に税理士の登録をしているのである。もつともこの税理士の登録は、大学教師の地位を得るための名目的なものにすぎなかつたことが認められ、この故に被告人が税務会計に通じていたとは速断できないとしても、このような被告人の経歴、学識、交友関係等に照らすとき、本件のような多数回の継続的な手形割引による収入が事業所得として課税の対象となるか否かなどという基礎的な問題につき被告人が無知であり、あるいは誤信したなどとは、とうてい考えられない。被告人が手形割引料収入を秘匿する手段に出たこと及び右収入に限らず貸金利子、配当給与による収入に至るまですべて申告していなかつたことその他諸般の事実をあわせ考えると、被告人は自己の利益を追求するに熱心であり、手形割引料収入その他については始めから課税申告するつもりはなかつたものと認めざるを得ない。被告人の事業所得の認識を欠く旨の弁解はとうてい採用できない。

三、しかしながら、他方被告人は本件発覚後、深く反省し謹慎していること、ことに極めてすみやかに巨額の本件本税を修正申告して納付しあわせて関係諸税(重加税、延滞税、特別区民税、都民税、事業税)を完納し、その合計額は八億二、六八一万円余りに達したこと、この中行政上の制裁金ともいうべき重加算税の合計一七八、七一一、一〇〇円が含まれていることは量刑上十分斟酌されなければならない。

以上のほか、被告人の経歴、性格、家庭状況、資産状態に加えて、被告人が前述した不慮の交通事故による負傷後、頭蓋骨切除を受けてなお療養中の身であり、労役に服することが事実上困難な事情にあること等を考慮し、懲役刑については主文掲記の刑を科するが、罰金を併科する事由ともあいまつて、三年間刑の執行を猶予することとし、次に罰金については、逋脱所得税額の合算額(但しその巨額にかんがみ、一、〇〇〇万円未満切捨て)の三〇パーセントの一億五、〇〇〇万円をもつて相当額とすべきである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 小島建彦)

別紙一 修正損益計算書

佐藤一

自昭和38年1月1日

至昭和38年12月31日

<省略>

<省略>

別紙二 修正損益計算書

佐藤一

自昭和39年1月1日

至昭和39年12月31日

<省略>

<省略>

別紙三 修正損益計算書

佐藤一

自昭和40年1月1日

至昭和40年12月31日

<省略>

<省略>

別紙四 税額計算書

佐藤一

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例